ウィリアム・グラッサー (訳:柿谷寿美江・正期)
学校で失敗するのも結婚で失敗するのも原因は同じです。
ほとんどの人が刺激-反応(S-R) 心理学を信じ実践しているからです。ウィリアム・グラッサー博士はそう主張します。グラッサー博士はより良いもう一つの方法を提唱しています。選択理論心理学は、暖かい支援的な人間関係を育むもので、このような人間関係があってはじめて、生徒は学校で成功し、カップルは結婚で成功するのです。
ジョンは14歳です。彼は学校でうまくやっていける能力を持っています。にもかかわらず彼は読み書きは苦手、計算もごく初歩的なものしか身につけていません。学校に関することは全て嫌いで、学校に来るのも友だちと一緒になれるからです。去年7年生を落第し、今年も落第を繰り返すでしょう。基本的にジョンは、教育と呼ばれるものに関しては何もしない選択をしています。もし何らかの基準が要求されるのなら、彼の卒業はあり得ないことです。
これから述べるシュワブ中学校(Schwab Middle School)での体験から言えることがあります。学校をあきらめてしまうことは大きな過ちだということです。そしてジョンもこのことを知っています。問題は彼が通っている学校がチャンスを与えてくれるとは彼自身が思っていない事です。彼だけではありません、6歳から16歳までの約500 万人もの子供たちが学校には来るもののジョンと同じような状態です。もし彼らが読み書きを身につけ、問題解決が出来るようにならなければ、17歳になるまでに意味ある人生を送るチャンスを失ってしまうことになります。
ジャネットは43歳。20年間数学を教えてきました。そしてジョンに手こずっている教師の一人です。自分自身を良い教師とは思っていても、ジョンに関してはどうしていいか分からないのが現状です。この失敗に関して彼女は彼、彼の家庭、今までの教師たち、又、彼女自身を責めています。ジャネットを知っている人達は皆、彼女を暖かい有能な人と見ています。にも関わらず、5年前彼女は15年間の結婚生活にピリオドを打って離婚しました。3人の子供たちのめんどうを本当によく見てきましたが、子供の父親から得る若干の援助では生活は決して楽ではありません。もし彼女が夫とうまくやっていたら、夫婦にとっても子供たちにとっても人生は今以上に良かったはずです。
離婚した多くの人と同じように、ジャネットは別れるずっと以前から結婚生活がうまくいっていないことに気づいていました。でも結婚の枠組みの中で彼女は何をしていいのか分からなかったのです。「私はいろいろやってみました。でも、何をやってもうまくいきませんでした。」 現在彼女は孤独で、できることなら再婚したいと思っています。でも結婚したいと思う人と今のところ出会っていません。 恐らくジャネットのように人間関係を築く能力を持っていながら離婚している人、又は、不幸な結婚生活を送っている教師たちが百万人以上はいると思います。結婚生活の破綻が大きな問題であることを否定する人はいません。学校で失敗することに比しても、より大きなみじめさをもたらすからです。
学校の失敗を減らそうとする時に私が離婚の事を持ち出すのはこの2つの間に、多くの人が気づく以上に密接な関係があるからです。どの位密接かというと、どちらも原因が同じだからです。こう書くやいなや多くの読者は、私が、結婚の失敗もジョンの落第もジャネットの責任だと責めているというふうにとってしまうかもしれません。そうではありません。世界中の人が知らなかったことをジャネットも知らなかっただけで、彼女の責任ではありません。
もし、ジョンの問題とジャネットの問題の類似点を疑うのなら、ぜひ彼らの言うことに耳を傾けて下さい。ジョンは言います。「僕が学校で何もしないのは、誰も僕のことに関心を持ってくれないし、僕の言うことに耳を傾けてくれないからさ。面白いことはないし、僕がやりたくないことをさせようとするし、僕が何をしたがっているか知ろうともしないんだ。」 ジャネットはこう言います。「私の結婚が失敗に終わったのは、彼が私を思いやってくれなかったし、私の話を聞いてくれなかった。年とともに面白いことがなくなって、私がやりたいことを彼は無視したわ。逆に、彼がやりたいことをいつも私にやらせようとしたのよ。」 このように、全く同じような不平不満がジョンを学校から、ジャネットを夫から「離別」させることになったのです。
これはギリシャ悲劇なのでしょうか?これらの生徒達や結婚は誰が何をしたところで失敗する運命にあったのでしょうか?学校における失敗も結婚における失敗も、同じ原因があります。ジャネットを含めほとんどの人が、人は心理学的にどのように行動するかを理解していないからです。ほとんどすべての人は、刺激-反応(S-R) 理論と呼ばれる心理学を昔から常識として信じ、実践してきました。
刺激-反応理論は間違っており、もし実践されると、学校教育や結婚が成功するために必要な暖かい支援的な人間関係が破壊されてしまいます。このように信じている人はほんの小数であり、私はそういうグル-プのリ-ダ-の一人です。解決はSR理論を捨てて、その代わりに新しい心理学、選択理論(Choice Theory) を取り入れることです。
ジャネットのような先生に、今までずっと正しいと信じてきたことを捨てるよう説得するのは至難の業です。だからこそ、彼女の結婚問題に触れながら、ジョンのような学生に対応する方法について考えてみることにしたのです。教育者としての問題点も、結婚という私生活での問題点も、同様に解決出来ると分かれば、多少難しい事でも学んでみようという気になるかもしれません。この20年間、選択理論を教え続けてきて言えることは、この理論を学んで損をすることは何もないということです。もし、ジョンが選択理論が実践されている学校に行くことが出来たら彼は努力し始めるでしょう。これはシュワブ中学校において明らかに証明されました。そのような行動の変化をジョンは次のように説明してくれるでしょう。「先生たちは僕のことを思いやってくれるし、僕が言うことに耳を傾けてくれる。僕がやりたくないことを強制しないし、時には僕が何をしたいのかも聞いてくれる。それに先生たちは勉強を楽しいものにしてくれる。」もしジャネットと彼女の夫がまだお互いを思いやっていた時なら、選択理論を実践することで結婚生活が続けられたはずです。彼らは言うでしょう。「私たちがお互いうまくやっているのは、毎日必ず思いやりをお互い示し、互いに耳を傾け合い、意見がくい違う時は相手を責めないで話し合おうとしているからです。一緒に何か楽しいことをしないで一週間が過ぎてしまうこともないし、相手がしたくないことを無理にさせようとはしないからです。」
ジャネットのような先生に、今までずっと正しいと信じてきたことを捨てるよう説得するのは至難の業です。
学校改善に関しては、私の主張を裏付ける具体的デ-タを上げることが出来ます。又、私は選択理論を学校教育に導入するために私とスタッフがしてきたことを二冊の本で詳しく説明しました。『クォリティ・スク-ル』と『クォリティスク-ルの教師』(未刊)1 の二冊です。結婚問題に関しては今のところはっきりしたデ-タはありません。しかし、選択理論を結婚にあてはめた最新刊Staying Together2 という本を読んだ人たちから多くの肯定的意見を受けています。
最も難しいのが人間関係の問題です。月に人を着陸させるといった技術的な問題はジョンのような生徒に勉強するように説得することや、幸せでないカップルの結婚生活を改善するお手伝いに比べたら簡単なことです。問題解決は困難でも、人間関係の問題は驚くほどたやすく理解することが出来ます。多少形は違ってもほとんどすべてが次のような内容だからです。「あなたが私を扱うやり方は好きではない。そしてたとえ私やあなたの人生が駄目になったとしても、私は私のやり方で対処する。」
私が取り組んできたことについてよく知っている読者は、なぜ選択理論が以前はコントロ-ル理論と呼ばれていたかお分かりだと思います。人がコントロ-ルできるのは自分自身だけだということです。 私は選択理論と呼ぶ方がより肯定的な響きがあると思います。選択理論が教える中でコントロ-ルできるのは自分の行動だけであることを受け入れるのはとても難しいことです。たとえ学ぶチャンスがあっても、そうしたくないとほとんどの人が拒否してしまうほど難しいことです。なぜなら刺激-反応理論が、私たちが自分の行動をコントロ-ルするのではなく、外側から受ける刺激によって反応すると説いてきたからです。電話が鳴るから受話器を取るというわけです。
選択理論は、私たちが受話器を取るのは電話が鳴ったからではないと述べます。受話器を取るのも、その他のどんな行動もその時の最善な選択だからするのです。もし他にもっと良い選択があれば、電話を鳴るままにしておくでしょう。電話が鳴るのは私たちに何かをさせる刺激ではなく、単なる情報だと選択理論では教えます。事実、外界から取り入れるもの、つまりお互い与え合えるものは情報です。でも情報そのものは私たちに何かをさせるわけではありません。ジャネットは夫に何かをさせることはできないし、ジョンに対しても同じです。彼女が出来ることは情報を提供することです。ところがすべての刺激-反応理論の信奉者同様、ジャネットはこのことに気づいていません。
彼女が知っていることと言えば、仮にだれかに不満を抱くときは、その人が変わるように刺激を与えるべきだということです。そしてそうしようとして多くの時間とエネルギ-を費やすのです。その結果分かることは相手が変わることの難しさです。結局は、失敗を相手や自分や、又は第三者のせいにします。責めることから始まって、次のステップである「罰を与える」に移るのにそう時間はかかりません。このステップを誰よりも頻繁に、又、徹底して踏んでいるのが、夫であり妻であり、教師たちなのです。相手を変えようとする試みの中でカップルは、強制的行為のレパ-トリ-を多く持つようになります。それらは変わらない相手の頑固さを罰することが目的です。教師たちが、ジョンのような生徒に対応しようとする時に、当然の結果としての罰が学校では当たり前のように用いられています。報酬にしても罰にしても、強制することが刺激-反応理論の核になっています。罰の方が断然多く使われますが報酬であれ罰であれどちらも人間関係を駄目にします。違いは、報酬を与える方が破壊の過程が見えにくく、一般的に不快感をあまり与えないということでしょう。強制は、落ち込んだり閉じこもったりという消極的な行為から、虐待、暴力といった積極的なものまで幅広い現れ方があります。最もよく使われ、又、それゆえに破壊的なのは批判です。批判の後には小言と苦情が出てきます。
選択理論は、遺伝子の中に組み込まれている4つの基本的欲求が行動を促していると教えます。所属の欲求、力の欲求、自由の欲求、楽しみの欲求です。生存の欲求を満たすのに必要な食べ物、住居を私たちは無視することができません。これと同様に心理的欲求は無視することができません。
一つかそれ以上の欲求を満たすことができた時、私たちはいい気分を味わいます。快感には生物学的目的があり、欲求が満たされていることを私たちに教えてくれます。その反対に苦痛は、私たちが満たしたいと思っている欲求が、今やっていることでは満たされていないと教えてくれます。ジョンは学校で、ジャネットは家庭で苦しんでいます。何故なら二人ともどのようにしてこれらの欲求を満たしたら良いか分からないでいるからです。この失敗のもたらす苦痛が続くと、恐らくジョンは2年以内に学校を去っていくでしょう。もちろんジャネットはすでに結婚から身を引きました。
もしジャネットがジョンの手助けをしようとするなら、彼女が選択理論の中でも最も大切な概念である上質世界について学び、それを活用する必要があります。この小さな具体的な、個人的な世界が私たちの人生の核なのです。なぜならその中には、人、物、信条など私たちの基本的欲求を最も満たしてくれると思われるものが入っているからです。誕生に始まって何が欲求を満たしてくれるのか学び始め、その知識を記憶の一部にして上質世界を築いていきます。そして生きる限り上質世界を築き、調整し続けます。この上質世界は私たちの頭脳に蓄えられる写真のアルバムに例えることができます。こうなって欲しい-特に自分はこう扱って欲しい-という願望が、詳細にこれらの写真によって表されます。最も大切な写真は自分自身を含む、人の写真です。なぜなら、人と人との関わりなしには私たちの欲求は満たされないからです。
上質世界の中に入っているよい例は、両親や自分の子供です。そして結婚がうまくいっている場合は夫や妻です。これらの写真は非常に具体的です。夫や妻は、どんな言葉かけをして欲しいか、どういうふうに触れられたいか、どこへ行きたいか、一緒に何をやりたいか等、具体的な願望を持っています。 上質世界には物も入っています。例えば、この文章を打ち込んでいる新しいコンピュ-タ-は私が欲しいと思っていたものです。選択理論に強い確信を持っているので、一生それを教え続けたいというイメージ写真も私は持っています。
私たちが上質世界に人々を入れるのは私たちがその人たちのことを心にかけ、その人たちも私たちのことを心にかけてくれるからです。その人たちによって基本的欲求が満たされると見るからです。ジョンはもうとっくの昔にジャネット先生やその他の教師を上質世界から締め出しており、自分自身が学校で一生懸命取り組んでいるイメージ写真も持っていません。ジョンがそのことをした後は、ジャネット先生も他の刺激-反応的教師たちも、誰一人としてジョンと心を通わせることができません。強制すればするほどジョンは勉強をしなくなります。このような教育はボス教育と呼ばれます。ボスたちは、自分たちが支配する人々を自分の思い通りにしようとして、強制を思いのままに使います。
ジョンに対して効果的であろうとするなら、ジャネット先生はボスになるのではなく、リ-ドする方向に変わる必要があります。リ-ダ-は強制しません。我々がリ-ダ-に従うのは、自分たちのことを心から気にかけてくれていると信じるからです。学校でもしジョンが、ジャネット先生は今自分の事を気にかけ、耳を傾け、励まし、笑顔で接してくれると感じるなら、ジョンは彼女を彼の上質世界に入れることを考え始めるでしょう。もちろんジョンは選択理論や上質世界といった概念については何も知りません。でも彼はそれを教えてもらうことが出来ます。そしてクォリティスク-ルでは正にそうしています。生徒たちが自分自身がなぜ行動するのかを理解すればするほど、より効果的に行動するという明らかな証拠があります。
離婚する前のある段階で、ジャネットと夫は相手を自分の上質世界から締め出しました。これが起きた時、結婚生活は終わりです。もし彼らが選択理論を知り、相手の上質世界にとどまることの大切さが分かっていたら、もっと努力して相手のことに心を配り、耳を傾け、励まし、笑ったりしたことでしょう。そして、ボス的に行動することの破壊性にも気づき、そのような行動を極力避けたに違いありません。
冒頭に申し上げたように、私はジャネットの結婚の失敗を誰かのせいにしようとしているのではありません。カップルのどちらかが、又は両方が不満を抱くようになった時に唯一の望みは、気配りをし、耳を傾け、励まし、笑うことをして、批判、小言、苦情を完全にやめることです。もちろんそうするためにジャネットと彼女の夫がコントロ-ルできるのは自分の行動だけだと知っていたら実行しやすかったでしょう。
ジャネットがS-R 教師のままでもうまくやっていたとしたら、生徒たちがジャネット先生を、又は彼女が教えていた数学(あるいは両方)を彼らの上質世界に入れていたからです。もし彼女と数学の両方が彼らの上質世界に入っていたなら、生徒たちを教えることは喜びそのものです。数学を学びたいと思っていない生徒でも、もし彼女がちょっとした注目をしてあげるなら他の生徒のように、学ぶことに心を開くことでしょう。
ジョンの場合はちょっと厄介です。彼は単に興味を失ったのではなく、軽蔑の態度を取ったり、ときにはクラスを妨害することもあります。彼の関心を引くには、教師の側でかなりの関心を払う必要があります。ところがジャネット先生は、ジョンが必要としているものを与えるという提案に抵抗します。 何で私がそうしなきゃならないの?彼はもう14歳でしょ。彼が授業に関心を払うべきよ。自分は大勢の生徒をかかえていて彼だけに特別な関心を払う時間なんてないわ。この態度で接すれば次に考えられるのは罰を与えることだけです。
ジャネット先生がジョンに罰を与えれば、ジョンが教師と数学を彼の上質世界から締め出すより多くの理由を与えることになります。こうなると、自分の失敗は自分自身の過失ではなく教師のせいだと主張するようになります。従って悪い成績を与えることや落第させると脅すことは、彼女が願っていることとは全く逆の結果をもたらします。何年にもわたってジョンのような生徒に困惑してきた理由がここにあるのです。彼女は彼女から見て「正しい」ことをしてきました。ジョンがどんどん無関心になっていくのを見ても、彼女は他の方法を知りませんでした。彼女の結婚生活でどんどん夫との距離が離れていってしまうのが何故なのか分からなかったように、なぜジョンがどんどん手の届かないところに行ってしまうのか彼女には分からなかったのです。1994年から1995年の一年間に渡って、妻のカ-リンと私は、クォリティスク-ルの概念を導入するためにシュワブ中学校に関わりました。シュワブ中学校はシンシナティ市の公立学校で7、8年生の2学年からなっている中学校です。(カ-リンは1993~94年度の2学期、教職員を対象に選択理論を教え始めていました。)この学校には定期的に通学してくる生徒が600 人いました(登録人数は750 人)。そのうちの300 人は学校へは休まず来るもののジョンのような生徒たちでした。1996年度オハイオ州で最も尊敬される校長に選ばれたこの学校の校長と優れた教師たちの援助で私たちはこの学校を180 度変えることが出来たのです。
一年たった時に、規則的に出席をしていた能力のある生徒たちのほとんどは合格点をとっていました。3 実のところ、合格ライン以上のすばらしい成績を修めた者もいました。我々が取り組みを始めた時はジョンのような生徒は誰一人として勉強していませんでした。1500件もの停学処分のあった規律に関する問題は、一年後それほど重要な問題ではなくなっていました。
ジャネット先生がジョンに罰を与えれば、ジョンが教師と数学を彼の上質世界から締め出す理由をより多く与えることになります。
準備に4か月間を要しましたが、2月の半ばには新しいプログラムをスタ-トさせ、今まで1度でも留年したことのある生徒170 人を迎え入れました。多くの生徒は2回以上留年し、4回留年して17歳になろうとしている生徒も何人かいました。従来のクラスを受け持っている先生たちがこのプログラムのために時間をさいて奉仕してくれました。我々の特別プログラムは夏期学校にも延長し、170 人のうち147 人は高校へ進級することができました。以前でしたらこのグル-プの中から高校に進級できる可能性はゼロでした。しばしばクラスを妨害していたこのような年長の生徒たちを、通常のクラスから切り離すことによって教師の負担を軽くし、より効果的な授業が出来るようにしました。年齢に見合った学年の子供たちが学び始めました。そのようなシュワブの7年生は数学のテストで20%も成績を上げることが出来ました。これはこのプログラムがもたらしたもう一つの良い結果でした。
これらの結果をもたらした要因は、ほとんどの教師に選択理論を教え、私たちが生徒たちの上質世界に入るためにどのように生徒を扱う必要があるかを理解してもらったことです。これらの考えを用いて教師たちは強制を排除しました。それは今まで学生たちが幼稚園の時から慣れ親しんできた方法とは全く違うものでした。なぜクラスを妨害しないで学校で勉強するようになったのかその訳を聞くと、生徒たちはくり返し言いました。「私たちのことを気にかけてくれるから。」そして時には「私たちに選択権を与え、やりたくなるような課題を出してくれるから」と付け加えるのでした。
我々のしたことで彼らがとても喜んだことは何だったのでしょうか?教育委員会の許可を得た上でのことですが、通常のカリキュラムをすべし廃止して、生徒たちが自分のペ-スで勉強できるようにしたのです。うまく完全にやり終えさえすれば高校に進級できるような課題を生徒に与えました。この特殊プログラム(ケンブリッジプログラムと呼ぶ)の7人の教師たちは、この学校は自分たちの学校で、必要とされることはすべて努力で手に入れられるというチャレンジを受けて、ほぼ2カ月の間、日夜この課題作りに取り組みました。この課題を通して生徒たちは読み書きと問題を解く能力、社会と理科の基本的な能力を示すことが求められました。私たちは生徒たちに落第はないよ、でも勉強するかどうかは自分次第であることを告げました。我々はできるだけの支援をすることを約束し、又、普通学級の担任の先生も自由時間を使って奉仕に来てくれました。何人かの生徒たちはお互い助け合うようになりました。生徒たちが勉強し始めるのを見てスタッフの恐れは消えていきました。私たちがした事はどんな学校であっても、校長のリ-ダ-シップのもとにできないことではあません。わずかな時間しかなかったためにカ-リンと私は校長と一緒にリ-ダ-の役割を果たしました。約2万ドルの州からの援助でケンブリッジプログラムに使う部屋を家具、カ-ペット、コンピュ-タ-で模様替えしました。この金額は、結果が約束されているのであれば、どんな学校でも捻出できる範囲内のものです。
これらのクォリティスク-ルに関するアイディアは、数年間に渡ってミシガン州ワイオミング市にあるハンティントンウッズ小学校(Huntington Woods Elementary School)で実践されてきました。全校生徒数ほぼ300 人のこの幼稚園から5年生の学校は中流階級の人々が住む小さな町にあります。最初からジョンのような生徒が非常に少なかったので、シュワブ中学校よりは取り組みは楽でした。そうは言うもののハンティントンウッズで得られた結果も目を見張るようなものがあります。
これらの結果を得るために、教育委員会が余分なお金を出さずに達成できたことを強調したいと思います。とは言っても学校側では教職員の訓練のために募金活動を少しやりました。
私がシュワブとハンティントンウッズのことを引用するのは、一つは直接関わりを持った学校であることと、もう一つはかなり親密な接触のあった学校であるからです。二校とも私の本に書いてあるアイディアを使っています。ハンティントンウッズはSRのシステムから変化し、シュワブはその変化を目指して力強いスタ-トをきりました。何よりもシュワブでの取り組みによって、今まで述べてきた結果を得ることが出来ました。この他にも200 校以上の学校がクォリティスク-ルになる努力を私と一緒に続けています。
現在ハンティントンウッズ小学校だけが自ら「クォリティスク-ル」であると自己評価し、宣言しています。シュワブ中学校はかなりの改善をしましたが、クォリティスク-ルとなるにはまだ遠い道のりがあります。でもどの位進歩したかを比べると、ハンティントンウッズが達成したものに比べるとシュワブ中学校は大変化をとげています。
多くの学校がハンティントンウッズとシュワブで達成されたことに関心を示していますが、核となるアイディア、SR理論から選択理論へとシステムを変える事に賛同している学校はわずかです。事実アメリカ中にSR理論でもうまくやっている学校がたくさんありますし、基本となっているシステムを変えようとはしていません。私は彼らがうまくやっているのは2つの要因があるからだと思っています。
まず最初に、学校の成功は校長が鍵となります。SR理論の学校がうまくいくのは校長のカリスマ性がスタッフや生徒に普通以上のことをしようという気にさせるからです。この種の成功は校長がいる間しか続きません。私はこのような校長がクォリティスク-ルのアイディアを実践していないとか、選択理論がもたらすシステムの変化に取り組む必要がないと言っているわけではありません。しかしながら、校長のサポ-トがあればなおのことですが、仮にカリスマ性を持つリ-ダ-がいなくても、システムが変われば、学校の成功を維持していくことが出来ます。
二番目にSR理論の学校でもうまくいっているのは、よい教育に対する保護者の力強いサポ-トがあり、ジョンのような生徒がわずかであるからです。このようなサポ-トが既にあるか又は、教師又は校長の働きでサポ-トが得られるようになれば、根本的なシステムを変えることなくしても学校が成功する可能性は十分あります。言ってみれば、これらの学校が存在するので、SRのシステムがうまくいくと世間一般に思わせたわけです。このような学校ではジャネット先生はとても有能な教師と言えるでしょう。ハンティントンウッズは、学校のシステムを変える以前から、良い学校になるサポ-トを得ていましたが、それでも始めからクォリティスク-ルになることを教師が望んだのです。教育委員会の支持を得て、教師たちは空(から)の建物と、教師の採用権を得ました。システムを変えるために必要な選択理論を学ぶことに高い関心を示す人だけを、新しく教師として採用したのです。ハンティントンウッズにカリスマ性の指導者がいたことはプラスでしたが、彼女の選択理論に向ける情熱と献身が、この学校の大きな成功につながったと思います。テストにおける非常に高い成績、規律に関する問題がないこと、特殊学級を必要としていないこと等から、普通のSRの学校が達成できることに比べてハンティントンウッズは、遙に上回っていると言えます。この学校を訪問した多くの教育者は「この学校はとても変わった学校だ」4 と述べています。
今日のシュワブ中学校も以前とは全く変わっています。シュワブでなされたことはほとんど保護者のサポ-トなしに達成されました。何かの会合に出席してくれた保護者の数は、食べ物もありますのでご家族皆でいらして下さいと案内した時でさえ最高20人でした。しかもその人達は学校が位置していた中流階級の地域に住む生徒の保護者でした。シュワブに来るジョンのような生徒はほとんどが収入の低い地域に住んでいて学校へはバスで通っていました。従って、保護者が学校行事に参加することに難しい状況でした。
シュワブではすべての教師に選択理論を教える試みがなされました。カ-リンと私は彼らに学校をよくするためにその理論を使い続けることを勧めました。ハンティントンウッズでは教師と校長がシュワブに比べてより深く、又より多くの時間をかけて選択理論を学んだだけではなく、すべての生徒もそして多くの保護者もこの理論を学び日常生活で実践するようになりました。
残念なことにジャネット先生は、選択理論が用いられる学校で教えたことがありませんでした。職員室でジョンの問題をとりあげると多くのSR的アドバイスを受けました。「厳しくすること」「誰がボスだか分からせるんだ」「どんなことでも手ぬるくしたらダメだ」「母親を呼んで息子の行動をどうにかするように要求せよ」「校長のところにつれてこい」。結婚問題に対しても同じような多くの親切なSR的アドバイスを親戚、家族、友人から受けました。残念なことにそのいくつかをジャネットは受け入れてしまいました。
彼女がかかえているもう一つの難しい問題は、学ぶ意志のある生徒だけを教育すればそれでいいとしているSR的システムの中で仕事をしていることです。このシステムの信条は「世間は厳しいんだ。もし努力する気がないんなら当然の結果を体験するしかないんだ」と述べています。ジャネット自身もそのようなシステムの中で育ってきたので、そのシステムをサポ-トします。だから彼女の言ったことをやらない生徒には悪い成績を与えることは当然であるとジャネットは信じています。彼らの態度が悪ければ(時には良くても)低い成績を良くするチャンスを与えなくてもいいと信じています。
彼女の私生活においては、彼女も夫もまわりで結婚が破綻するのをいくつも見てきたので、問題を持ち始めた時に離婚も止むを得ないかも、といとも簡単に考えてしまったのです。これは悪い情報です。 結婚生活を良くするための努力を両方がする気力を失わせます。悪く運命づける発言を次々に聞くまでもなく人生に困難はつきものです。選択理論が用いられる世界では、人々はもっと楽観的になるでしょう。
もう何年にもわたってハンティントンウッズ小学校では罰を使っていません。低い成績はもっと良く できるのです。個人的に注目して欲しい時は、先生や別の生徒にその旨伝えることができます。何人かの生徒はいつも他の生徒たちより優れた成績を修めるものです。でもMEAPの数値が示すようにすべての生徒がよくできるのです。これがクォリティのシステムであり、継続して改善していくことが強調され、これで十分だと満足してしまわないのです。
残念なことに、初めて学校での成功を体験した多くのシュワブ中学校の生徒たちは高校に言って失敗するでしょう。高校で使われているSRシステムは、生徒たちを教育的に殺してしまうでしょう。銃で撃ち殺すのと同じようなものです。十分な時間を我々と過ごすことなく、まだ壊れやすい状態で送り出されたからです。しかし、もし奇跡が起きて、高校が、我々がシュワブ中学校でしたことに関心を払ってくれるなら、多くの生徒は成功するでしょう。行政のサポ-トが我々の努力に払われていたのでそのサポ-トがひょっとして続く可能性もあります。
ハンティントンウッズ小学校の生徒はそれほどもろくはありません。選択理論を始めから十分身につけていますし、親からの心理的、経済的サポ-トもあって中学校へ行ってからもよくやっていくでしょう。事実1995~96年度の一学期のデ-タによれば彼らは非常に良くやっているということです。 私の願いは、教育者の方々でも結婚で失敗をしないという保証がないわけですから、私生活において選択理論の価値を見いだして頂くことです。もしそうなれば生徒たちと接するときにも、同じ理論を使って頂けるだろうと確信しています。
本稿はPHI DELTA KAPPAN(April, 1997, pp. 597-602)の許可を得た訳文です。日本語訳CSumiye & Masaki Kakitani
訳者注:
グラッサー博士の書籍のうち日本語になっているもの:『現実療法』、『落伍者なき学校』、『同一性社会』、『人生はセルフコントロール』、『クォリティ・スクール』(柿谷正期訳)、(出版物については日本リアリテイセラピー協会にお尋ねください)
『選択理論』(柿谷正期訳)(アチーブメント出版)
『15人が選んだ幸せの道』(柿谷正期・寿美江共訳)(アチーブメント出版)